パチンコとは理不尽な仕打ちを受けることが非常に多い悪魔の遊戯だ。
それはなぜかと言うと、そこには1ヶ月分の給料を楽して稼ぎたいという純度100%の欲望しか介在しないので客観的に見れば本当は大したことではないことであっても理不尽に思えてしまうというカラクリがあるからだ。
もちろんドハマリ後のド単発や天井間近で当たってド単発、Vを狙え時の玉詰まりパンクなどわしゃ前世で国崩しでもしたんか?と前世の悪行による因果を疑ってしまうほど理不尽過ぎる体験をすることもままある。
大なり小なり、数多くの理不尽と遭遇することはパチンコ屋では日常茶飯事と言えるだろう。
そういったパチンコ屋での日々を思い返してみると、ふと私はこう思ったのだ。
パチンコ屋とは理不尽を学ぶ場なのではないかと。
学生時代には内申点や部活のレギュラー争いなど、社会に出てからはあらゆる場面で理不尽な思いをすることがある。
しかしパチンコ屋で体験する理不尽に比べればどれも瑣末なことだ。
今回はパチンコの理不尽過ぎるくらいの理不尽に幾度となく心を折られるも、その度に何度でも蘇って10年以上の現役パチンカスを続けている私が受けたパチンコからの理不尽な仕打ちを紹介したい。
その長年の理不尽な実戦経験から得た学びもつづるのでぜひ最後まで読んで今後のパチンコライフと日常生活に活かして頂きたい。
理不尽①CR吉宗2の新台入替初日に新記録
私がパチンコから受けた理不尽な仕打ちとしてまずは「CR吉宗2」の新台入替初日に起きた出来事を紹介しよう。
当機種は確変率77%、2,200発払出しの16Rを搭載した爆発力万点のMAX機だ。
当時大学生だった私は当然のことながらこの爆発力を期待して打ちに行ったのだ。
残念ながら抽選が悪く朝一は座ることができなかったのだが、運良く角台を抑えていた友人がバイトで帰るので譲ってくれると申し出てくれたのだ。
その時点で1,000回転近くハマっていたのだが、新台初日の角台でしかも友人がハメ散らかした台という好条件だったためお言葉に甘えて頂くことにした。
もちろん私は爆出ししてその報告を友人が苦悶の表情を浮かべながら聞いているシーンを想像しながら打っていた。
しかし打てど暮らせど一向に当たる気配がなかったのだ。
気づけば2,000回転の大台を超えたため、私の必奥義のひとつであるもうそろそろ当たるやろ打法を駆使しながらそれからもしばらく打っていた。
がしかし、2,700回転を少し超えたところで私の財布と闘争心はついぞ空になってしまったのだ。
新台初日の角台というオカルト界隈では爆出し間違いなしの状況での実戦にも関わらず、その日は結局127,000円マイナスといういまだに破られることのない大敗北記録を打ち立ててしまった。
新台初日ということもあり、どこか配線などが抜けていたのではないか?という店側の過失を疑ったが翌日大当たり履歴を確認してみると約2,760回転で当たって3,000発程度の出玉を獲得していた。
つまり13枚目の1万円札を持っていれば私が初当たりを引いていたのかもしれなかったのだ。
そしてもし当たっていたのなら私の右手に宿りし鬼のヒキであれば3万発は出ていたことだろう。
結局大金を使わされたあげくに初当たりを引けず、後任の人にカマを掘られるという地獄を凝縮したような理不尽な仕打ちを受けた私はキレすぎて帰り道に即行でお金をおろし、ニンテンドースイッチと三國無双のソフトを買ったのだ。
合計で16万円のマイナス。
もちろんその後も敗戦に次ぐ敗戦で金がなくなったためスイッチは即行で売った。
最も理不尽なものは私の頭の出来の悪さなのかもしれない。
理不尽②6万投資したダンバインがまさかの6万発越えの大爆発
次に紹介する理不尽過ぎる仕打ちは私が心底愛した名機「CR聖戦士ダンバイン」とのある日の対決で起きた。
ダンバインと言えば爽快感抜群の高継続ミドルSTで一世を風靡した伝説のマシンだ。
私はこの台をしこたま打っていた時期があるのだが、その日は初当たりを引けてはいたもののラッシュに入らず、入っても続かずで非常にストレスのたまる実戦となった。
確か7、8回程度は初当たりを引いたはずだが全く期待するだけの出玉を獲得するには至らず、気づけば投資は6万を超え、その日その台のオーラ力では爆発的な連チャンを期待することは不可能と判断し退席することとした。
その後ものらりくらりと他の台を打ち続けたものの鳴かず飛ばずで満身創痍となり、退店前に例のダンバインの末路を確認しに行ったのだがそこで私は驚愕することとなる。
あれだけうんともすんとも言わなかったあの台が6万発越えの大フィーバーを起こしていたのだ。
グラフを見ると究極のV字天元突破。
しかも私がやめた後すぐに当たって爆連チャンを達成していたようだった。
全身の力が抜けたと同時にV字の下り坂の方を担当しただけだった己のオーラ力のなさを私は憎んだ。
誰よりもダンバインを愛し、誰よりも実戦を重ね、その日も爆連チャンをかませるだけの初当たりを引いていたにも関わらず私ではなくどこぞの馬の骨とも知らぬ者が名誉の爆連チャンをかっさらっていったのだ。
さすがの私でもこの理不尽過ぎる仕打ちには心を折られてしまった。
こんなことになるなら台にへばりついて「やらせないよー!」と後続の人が座るのを阻止しておけばよかったと今でも後悔している。
理不尽③CR哲也2新台初日のノリ打ち
次は友人とのノリ打ちの際に受けた理不尽過ぎる仕打ちを紹介したい。
大学時代に私は地元の友人とちょくちょくノリ打ちに行っていた。
その友人も私と同じくらい気高いパチンカスだったのだが、私と違って連チャン力に特化した剛のヒキを持っている。
私のヒキは(オールラウンドな鬼のヒキであることは言うまでもないが、どちらかと言えば)初当たりに特化した柔のヒキなのでこの友人とノリ打ちする時は自ずと私が初当たりで軍資金を稼ぐ送りバントのような役目を担い、剛のヒキを持つ友人の爆連チャンで大勝を掴むという戦法で挑んでいた。
余談だがこの友人は本当に爆発的な連チャンを披露してくれることが多かったので、彼とのノリ打ちを重ねるたびに私は人それぞれ特有のヒキというものの存在を確信することとなる。
その日私たちは行きつけの店の新台入替の看板機種である「CR哲也2〜雀聖再臨〜」を目当てに抽選に参加した。
そこまで抽選参加人数が多くなかったこともあり二人とも良番を引けたため無事に角台と角2の隣同士で席を抑えることができた。
この時点で勝ちを確信し、二人でやいのやいのと言いながら楽しく実戦に勤しんでいた。
しかしここまで来ればもうオチは見えていると思うが、あえて言わせて頂く。
打てど暮らせど一向に当たる気配がないのだ。
完全に同じペースでハマりを重ねる2台の哲也。
これは何かがおかしいと気づいた頃にはもう両台とも1,200回転を超えていた。
新台初日の角と角2、剛のヒキと柔のヒキを持つ強者の共闘。
オカルトの視点で言えば完全勝利は約束されていたにも関わらず理不尽な仕打ちを受けた我々は泣く泣くノリ打ちを解消し蜘蛛の子を散らしたように各々打ちたい台を打って負け額を増やしたことまではもはや言うまでもあるまい。
そこで私は少し気づいてしまったのだ。
客観的な視点で言えばただ仲の良い2人組がただただパチンコを打っているだけで勝利どころか特に何かが約束された状況ではなかったのではないか?ということに。
強いて言えばパチンコに脳をやられたうんちみたいな未来はその時点で約束されていたのかもしれない。
理不尽④CR一騎当千〜桃園の誓い〜の30連チャン
最後は私がドハマりにドハマっているCR一騎当千〜桃園の誓い〜からの理不尽な思いを紹介したい。
私はこの台にすっかりと魅了され、間違いなくマイホでは1番打ち込んでいると自負している。
それほどまでにこの台を愛してやまないのだが、その想いはどうやら台には届いていないようだ。
今まで数えきれないほどの当たりを引いているものの、最高連チャンは15連。
最近では確変突入のハードルすら越えられず通常祭りで難儀しているところだ。
せっかく確変に入れることができてもスルーかよくても2、3連。
当機種の真骨頂であるハーレムタイムを全く堪能することなくボロ負けのオンパレードだ。
しかし大当たり履歴ではたまに20連を超える大連チャンを記録した猛者がいることが確認できる。
私ほどこの台を愛し、私ほど初当たりをひいている者は少なくともマイホにはいないはずだが、それでも私よりも遥かに連チャン数を伸ばし偉大なる実績を残す者がいるのだ。
ただでさえ私はこの理不尽な事実を受け入れられずにいたのだが、先日お隣さんがすごいものを披露してくれた。
その日私はうんともすんとも言わないいつもの一騎当千を打っていた。
お隣さんも700回転台でようやく当てるも通常でもちろんチャンスタイムもノーチャンスでスルーしていた。
私はその時勝手にお隣さんをお仲間だと思い、心の中でお互い頑張ろうと励ましのエールを送っていたのだ。
するとお隣さんは持ち玉で2回目の初当たりをゲットしたのだ。
無事に確変に入りハーレムタイムへの切符を手に入れたお隣さんを私は羨ましがることなく素直に祝福した。
なぜなら私の台もだがお隣さんの台は好調の兆しはなく、お隣さんには私ほどのこの台に対する愛を感じなかったのでショボ連で終わるだろうとたかを括っていたからだ。
しかしそれと同時に少しだけ悪い予感もしていたのだが、その予感は見事に的中してしまった。
お隣さんはそこから覚醒して鬼のヒキを見せ、なんと前人未到の30連チャンを達成させたのだ。
履歴では24連チャンとか26連チャンとか20連台後半の連チャン履歴は今まで何度か見たことがあるが、30連チャンは今まで見たことがなかったのだ。
それをしかもこの私の隣でまざまざと見せつけてきたのだ。
これほどまでの理不尽な仕打ちに耐性を持たない私は激しいめまいと動悸が止まらなくなり、こんなに苦しいのならこんなに悲しいのなら愛などいらぬと連チャン数と愛の深さにはなんら相関性がないことを学んだ。
サウザーがパチンコを打たない理由がすごくよくわかったのだ。
パチンコとは理不尽が常の悪魔の遊戯である
歴戦のパチンカスである私のパチンコから受けた理不尽過ぎる仕打ちを紹介させて頂いた。
もちろんこれらはほんの一部の事例であり、パチンコとは常に理不尽な目に遭う悪魔の遊戯であるということは多くのパチンカスが認識している事実だろう。
しかし、それは仕方がないことなのだ。
なぜならパチンコ屋とは営利目的で運営されている施設だからだ。
つまり我々パチンカスから利益をもぎ取ることこそがパチンコ屋の目的なのである。
この真実について私が執筆した論文があるのでぜひこちらも参考にして頂きたい。
我々パチンカスはパチンコで1ヶ月分の給料を簡単に楽しく楽勝で稼ぎたいという欲望を持って遊戯するが、営利目的で運営されているパチンコ屋がそれを許す道理はない。
むしろパチンカスにどれだけお金を落とさせるかがパチンコ屋にとっての腕の見せどころなのだろう。
楽して稼ぎたいという欲を持って遊戯するパチンカスからすれば、簡単には勝たせてくれずに追加投資ばかり引き出させられるパチンコの挙動が理不尽にしか映らないのは至極当然のことなのだ。
だとすれば我々パチンカスが気をつけるべきはパチンコの理不尽な仕様は仕方がないことだと受け入れ、自己責任の範疇で遊戯をするということだ。
自分の足で来ておいて、客観的に見て理不尽な悪魔の遊戯であることは明白なパチンコを自らの意思で打っておいて、思い通りにならないからといって台パンをするパチンカスがたまにいるが、この行為は滑稽以外のなにものでもない行為だ。
悔しいが、パチンコとは負けるもの、理不尽なものだということをしっかりと理解した上で負け過ぎないことを意識した遊戯が非常に大切なのだ。
パチンコからの理不尽な仕打ちが己を鍛えてくれる
パチンコとは常に理不尽と隣り合わせの悪魔の遊戯だ。
日常生活の中でこれほどまでに理不尽な目に遭うことはなかなか無いだろう。
このパチンコによる理不尽過ぎる仕打ちに耐えることができたならば、職場の上司から多少理不尽な仕打ちを受けても「はい、お前の理不尽パチンコに比べたら全然楽勝ぉ〜♪」とその生ぬるさを一蹴することができるだろう。
それが学ぶということなのである。
パチンコは理不尽なものであると理解し、日常生活ではそのパチンコとの死闘の中で手に入れた理不尽耐性を武器に強く生きていって欲しい。
パチンコはそう言った大切なことも教えてくれる悪魔だ。
やはりどうあってもパチンコを崇拝してしまう私の脳みその出来が1番の理不尽であるということは置いておいて、どうせ負けるのであれば少しでも学べることは学んでおくに越したことはないのだ。
この学びを日常生活でも活かしてたくましく生きていって欲しい。
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